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映画「ハンテッド」とトラッカー

画像はAmazonより
ハンテッド THE HUNTED

1. 映画と疑問

 映画「ハンテッド」は小さな痕跡から追跡していくトラッキング技術とナイフ格闘を中心とした映画だ。こうした技術について扱った映画はこれまでほとんどなく、アメリカではアウトドア雑誌、ナイフ雑誌、格闘技雑誌で注目を浴びた。日本ではナイフマガジン2003年8月号で記事になっている。特に話題となったのは劇中、ハラム(ベニチオ・デル・トロ)が扱うナイフ・"トラッカー"である。これは「ハンテッド」の原案、指導で重要な役割を果たしたトム・ブラウンJr.がデザインしたもので、TOPS knivesが製造販売しているトラッカーはアメリカでも日本でも急激に売れていった。
TOPS Knives Tracker TOPS Knives公式サイトより
 しかし、この映画を見てこのナイフを見た人は疑問に感じたのではないだろうか。映画に登場したナイフとこのTOPSの製品では姿が違うのだ。これはどういうことだろうか。

2. オリジナル・トラッカー

 実は映画に登場したトラッカーはTOPSが作ったものではない。雑誌記事でも少し触れられていたが、当初トム・ブラウンJr.がデザインしたナイフはカスタムナイフメーカーによって作られたのだ。映画ではそのカスタム・ナイフが使われている。このオリジナルのトラッカーについてはナイフマガジンの記事では僅かしか触れられず、TOPSのトラッカーが映画で使われたかのような誤解が広まってしまった。では、映画に登場したナイフはどういったものなのか?それをこれから説明しよう。

 そもそもトラッカーはトム・ブラウンJr.が1978年、地元新聞の取材から示唆を受けて「サバイバルに適したナイフ」を作ろうと思い立って生まれたものだという。デザインがまとまった後、彼は友人のカスタムナイフメーカーに依頼して30本を試作してもらった。その試作を実用した結果、さらにデザインを練り直して生まれたのが"トラッカー"である――ここまではナイフマガジンの記事になったので知っている人も多いだろう。しかし、この話は微妙に不足がある。"トラッカー"を作ったのは複数のカスタムナイフメーカーであるが、その中の一人、デイブ・ベックはこう書いている。
「このデザイン・コンセプトは、多くの試行錯誤と特殊部隊、Navy Seals、公的機関、捜索・救助グループ、野外サバイバルスクールのフィードバックを通して生まれた」「1991年から1999年の間に525を越えるカスタムナイフが作られた。この中に7つの基本パターンと膨大なカスタムバリエーションが含まれている」
 映画に登場したのは(そしてTOPSが量産モデルのベースとしたのは)この基本パターンの一つ"C"モデルなのだ。

 私はかつて、Bladeforumでこのナイフの存在を知り、デイブ・ベックに注文してこのナイフを作ってもらった。その後間もなくして彼は体調を崩し、サイトは閉鎖。一時はオーダーも受けなくなってしまった。その後やや体調を戻したという話だが、以前ほどはナイフ製作に時間を割けなくなってしまったという。


(写真をクリックすると大きい画像に飛びます)

 これが私が所有しているデイブ・ベックによるカスタムナイフである。"トラッカー"の名前はTOPSのトラッカーが生まれた際に変更となり、ワイルダネス・サバイバル・ナイフ(W.S.K)という名前となった。前述したTOPSのトラッカーとはアウトラインからして違うことが分かる。TOPS Knivesが量産のためにデザインのアレンジ、変更をしたためだろう。
 鋼材は炭素鋼のO-1、ハンドル材はリネン・マイカルタ、ブレード長6 1/4インチ、全長12 1/4インチ。
 最も特徴的なデザインである鉤状になっている部分はフックと呼ばれている(TOPSトラッカーではそのポイントをトラッカー・ポイントとしている)。この部分の形状がTOPSトラッカーでは小さく、W.S.Kでは大きなものとなっている。この部分はツールの作成、工作に用いるためにあり、上部のエッジで叩き切りの作業をする際、下部のデリケートなエッジを保護するために設けられた段差でもある。
 上部の刃はハチェット・エッジと言い、手斧のような叩き切る作業のためのデザインである。下部の刃はフラット・ダブルサイデッド・チゼル・エッジと言い、ドローナイフのような削り作業用のためのデザインである。この部分は1999年以前のモデルではホロー・グラインドで、映画に登場したのはホローグラインドのほうであった。


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 背のセレーション・エッジは4インチの長さがあり、スイス・アーミー・ナイフの鋸のように交互に鋭く加工された刃となっている。このため、ただ凹凸があるだけのサバイバルナイフの鋸とは違い、木を切断する作業に適している。最も、これは「ナイフの背にある鋸としては」優れているということであって、これで長時間作業するのはつらい。TOPSトラッカーではW.S.Kと全く異なり、チェーンソーの刃をモデルとしたTOPSらしいセレーションである。また、TOPSトラッカーにはワイヤーなどを引っ掛ける切り欠きが背にあるが、これはW.S.Kにはない。後に生まれたアイディアなのだろうか。


(写真をクリックすると大きい画像に飛びます)

 タングはフルテーパード・タング。ハンドルは作業によって握る位置を上下に変えることを想定したデザインとなっており、長いものとなっている。タング、ハンドルの加工はいずれも手間のかかるもので、TOPSでは量産しやすいよう変更されている。なお、私は購入していないが、コンパクトなシースナイフ"スカウト"も注文すればセットで購入できる。この点はTOPSのセットと同じだ。
 以上のようにカスタムナイフらしい手の込んだ加工がW.S.KとTOPSの大きな違いである(写真のナイフが綺麗に見えないのは私が使い込んだせいであって、新品状態では丁寧に磨きあげられたブレードが美しいナイフであった)。また、いわゆる「サバイバルナイフ」よりもよく考えられたデザインで、多機能を一本のナイフに集約する工夫がなされていると言える。これで"スカウト"があれば実際かなりの作業がこなせるだろう。
 多機能と書いたが、あくまでアウトドア用ナイフであってトラッカーは格闘を考慮したナイフではない。TOPSのトラッカーも同じだ。ナイフマガジンの記事にもそれらしい事が書かれていた。映画ではなぜこのナイフで戦っていたのか?(ただし、冒頭ではKa-Barのネクストジェネレーションが使われていたし、終盤ハラムとL.Tは各々自作したナイフで戦った)。
 また、「ハンテッド」の俳優達にナイフ格闘を指導したのはトム・ブラウンJr.ではないのだが、なぜか日本では彼が格闘までも指導したように誤解している人が多い。このこともあって、日本で広まった"トラッカー"に対するイメージは実際とやや噛みあっていない部分もある。まあ、より詳細な情報が流れたアメリカでも誤解している人がいたくらいなので、ある程度はしょうがないことなのかもしれない。

3. クローン・モデル

 ともかく、トラッカーは映画のために有名となった。有名となれば、その後当然のごとくコピー、類似モデルが生まれる。映画「ランボー」のヒットの後、かなり大量のコピー、類似製品が生まれたことを想起して頂きたい。

・ジェンセン・エリート・ブレーズ "EVOlution Survival"
 オーストラリアのカスタムナイフメーカー・ピーター・ジェンセンによるカスタム。いくつかの派生型も作っている。
・ウォーリー・ヘイズ作カスタムナイフ
 カナダのカスタムナイフメーカーにしてABSマスタースミスのウォーリー・ヘイズによるカスタム。ジャパニーズスタイルを得意とする氏らしく、ジャパニーズ・コード・ラップのハンドルとなっている。通常のラインナップにはない。
The Paratraxx Wilderness Knife
 とあるファクトリー製のモデル。品質については・・・?

 私が把握しているのは上記の三つだけである。知名度のわりには少ないようだが、これは加工にそれなりに手間のかかるデザインであり、一般的なデザインのナイフよりコピーが面倒だからではないかと考えている。いずれの類似ナイフも、私は実際に扱ったことがないので評価はしない。それぞれ何らかのアレンジ、工夫がなされているが、それがどこまで有効なものなのか・・・この辺は実際使ってみないと何とも言えないものだ。

 個人的にはオリジナルのトラッカーでほとんど完成しているデザインだと思う。クセのあるナイフだが、使ってみると面白い。今後、何らかの派生型や類似モデルを入手する機会があったら――薄い可能性だが――レポートを書いてみたい。



1. 映画と疑問 補足
 後半、ハラムがFBIに追われて捜査官の一人をナイフスローイングで倒す場面がある。このシーンに登場しているのはトラッカーではなく、より小さな汎用ナイフの"スカウト"である。ここしか出番がない上に画面が暗いので、なかなか判別しにくい。

3. クローン・モデル 補足
※デイブ・ベック以外にもトム・ブラウンJr.のトラッカースクールのためにオリジナル・トラッカー(ワイルダネス・サバイバル・ナイフ)を作ったカスタムナイフメーカーは存在する。その一人が下記URLで紹介されているロジャー・リンガーである。
  http://riflestocks.tripod.com/pics40.html  
見ての通り、デイブ・ベックのWSKとはグリップ形状などに違いがある。   

※また、2006年にはマーク・テレルがHardin WSKというトラッカーのクローンモデルを出している。
 http://d.hatena.ne.jp/machida77/20061027/p2  Hardin WSKについては日記で触れた。この他、これを小型化してタントー・ポイントにしたUSKというモデルも作られている。

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